MBA1年目の夏、2ヶ月間のインターンを経験しました。業界は日本時代のバックグラウンドと同じ、都市も通っていた学校と同じ地域で、という条件でした。
「MBA生の夏インターンはしんどい」という話はよく聞きますが、具体的に何がどうしんどいのか、実際にやってみるまで自分もよく分かっていませんでした。ここでは、2ヶ月間の心境の変化を、なるべく率直に記録しておこうと思います。
1ヶ月目:「戦力になれない」という自信喪失
正直、仕事の量そのものは、日本時代と比べると物足りないくらいでした。「こんな量でいいのだろうか」と思うほどです。
しかし、それ以上にこたえたのは、英語という以前の問題として、いくらバックグラウンドが同じでも、米国市場についての知識がまったくないために、戦力になり得ないという現実でした。しかも厄介なことに、日本でのキャリアがあるからこそ、事業やプロジェクトの全体像はある程度理解できてしまいます。その結果、自分が任されているタスクが、全体のごくごく一部に過ぎないことも見えてしまう。にもかかわらず、その小さな一部分のタスクでさえ人並みに時間がかかり、完璧なものが作れない。この「見えているのにできない」というギャップが、想像以上に自信を削っていきました。
会議には、当然ついていけません。これは英語力の問題もありますが、それ以上に事業内容や専門用語、進行中のプロジェクトの背景にキャッチアップしきれていないことが大きな要因でした。
家庭では、生まれたばかりの息子が夜中2〜3時間おきに起きます。ただ起きるだけでなく、元気よく泣きます。もちろん赤ちゃんとしての務めを果たしているだけで、誰にも罪はありません。妻に任せて自分は寝ていたい、という話でもありません。ただ、仕事で精神的に消耗している中、疲れていても起きなければいけないという事実そのものが、単純につらいのです。
2ヶ月目:「わかるほど、みじめになる」逆説
2ヶ月という短い期間では、正直、慣れるということはありませんでした。むしろ悪化したと言っていいと思います。
理由は単純で、最初は分からなかったことが少し理解できるようになると、その分だけ「次に理解すべき、より難しい課題」が見えてくるからです。新卒の頃のように、とにかくがむしゃらに前進している感覚は一切ありません。「次はこれができるようにならなくては」「その次はこれを」と全体像が見えてしまうがゆえに、小生意気にも「自分は結構分かってきている」と思いかけては、実際には理解が追いついておらず、英語の高速な議論に割り込むこともできない自分に気づかされる。この繰り返しで、みじめさはむしろ増していきました。
「防御力(=絶対に負けない専門性)を持つことが生存戦略になる」という話をよく聞きますが、自分の場合、この2ヶ月では「ここだけは負けなかった」と言えるものは正直見つけられませんでした。
日本での立ち回り方——ジョブローテーションで培った根回しのようなスキル——も、まったく歯が立ちませんでした。これは、本社からローカル子会社に派遣される幹部ポジションの駐在であれば話が違うのですが、MBA生としてインターンで末端から入る場合、そもそも意思決定プロセスにおける立ち回りなど期待されていません。むしろ、それはジョブディスクリプションを逸脱した「余計なこと」として扱われる空気すらありました。アナリストに求められているのは、アソシエイトやVPから細かく刻まれたタスクを、いかに早く正確にさばけるか、それだけです。新卒を長期的に育てる前提の日本企業とは根本的に違う文化で、与えられたポジションの役割を100点でこなせれば次に進める、不満があれば転職する、というシンプルな仕組みでした。アナリストがVPのような立ち回りをすれば、それはただの空気の読めない行動になってしまいます。
ちなみに、「日本人はExcel職人として重宝される」という定説もありますが、自分の経験ではそうは感じませんでした。自分はExcelが比較的得意な方だと思っていましたが、現地のアメリカ人の方が普通にもっと速く、ゴリゴリに回していました。
2ヶ月が終わって
インターンが終わったとき、一番強く残っていたのは消化不良感でした。達成感でも安堵でもなく、ただ中途半端に終わった感覚です。
ただ、今振り返って思うのは、「日本でのキャリアが無駄だった」というわけではない、ということです。感覚としては、「これまでとは違うゲームをプレイし始めた」という方が近いです。日本で積み上げてきたものが通用しない場面に直面し、「また一から頑張らなくてはいけないんだな」と、率直に思い知らされた2ヶ月でした。

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