米国のスクール(在籍者は各学年300人ほど、都市部)のMBAを卒業して、少し時間が経ちました。業界チェンジはせず、家族(パートナーと子ども)を帯同して2年間を過ごしました。
MBA受験を考えている方からは、だいたい似たような質問をされます。「本当にROIは見合うのか」「英語力がなくても大丈夫か」「年齢的に今からで遅くないか」——。どれも真剣に悩んで当然の問いだと思います。
このブログでは、そうした「よくある疑問」に、実際に2年間通って卒業した身として、なるべく飾らずに答えていきたいと思います。良いことばかりを書くつもりはありませんし、逆にMBAを否定するつもりもありません。あくまで一つのケースとして読んでいただければと思います。
Q1. MBAって本当にROI(投資対効果)に見合うの?
正直なところ、金銭的なROIは短期的にはあまりメイクセンスしないというのが実感です。
トップ20圏内に入るような学校に合格できる日本人の場合、受験時点でのキャリアはすでに順調であることが多いです。給与水準も同世代より良いケースが多いでしょう。そこから2年間、学費・家賃・生活費を為替の影響も受けながら払い続けるのは、想像以上に苦しいものがあります。私の場合、土地柄ほぼ車が必須で、中古車を購入しただけで貯金が一気に減りました。加えて、日本で働き続けていれば得られていたはずの給与、2年間の評価・昇進機会、家族や友人との日常的な時間——目に見えない「機会損失」も相当なものになります。
では卒業後の給与はどうでしょうか。日本でMBA卒として就職する場合、卒業前の給与の2倍、3倍になることは正直かなり難しいです。MBA卒を積極採用する業界は求められる労働強度も高く、見かけの給与が良くても、実質の稼働時間やプレッシャーを考えるとバランスしないことが多いです。しかも卒業時点で30前後になる方が多く、20代前半のようにがむしゃらに働くアナリスト的な立ち回りは、年齢的にも正直きついものがあります。
一方でプラス面もあります。業界チェンジをしない場合、「これまでのキャリア × MBA」という掛け算で、一定の独自性を出せます。海外MBAが当たり前の業界もありますが、そうでない業界であれば、MBAという経歴自体に希少性があり、昇進の可能性や希望するロールに就ける可能性は高まると感じています。自分のキャリアの舵を、ある程度自分でコントロールできるようになる、というと大げさかもしれませんが、それに近い感覚はあります。
まとめると、金銭的なROIは短期的には割に合わないが、長期的には効いてくる可能性がある、というのが率直な感覚です。
Q2. 英語力に自信がなくても大丈夫?
「がんばるしかない」というのが正直な答えになります。
日本人MBA生の間でもスタート地点はバラバラです。帰国子女でDay1からネイティブとの議論に普通に参加できる方もいれば、TOEFLやIELTSのスコアメイクをテクニックで乗り切って入学してくる方もいます。
伸びしろについても、正直限界を感じます。10代で語学留学するわけではないので、2年間いても英語を話すことが日本語並みにストレスフリーになるわけではありません。自分の知らない話題や展開が読めない会話、複数人でのネイティブ同士のやり取り、BGMがうるさいクラブのような場所、薄暗くて相手の口の動きが見えない場所での会話——こういう場面は、正直今でも聞き取れないことが多いです。
一方で、「第二言語でプレゼンをする」「議論の中で発言をする」といったことは確実にこなれてきます。流暢になる、というのとは少し違うかもしれません。それよりも、場数を踏むことでビビらなくなる、という状態には持っていけます。これは地味ですが大きな変化だと思います。
Q3. 年齢的に(30前後で)行くのは遅い/早いのでは?
これは「MBAに何を期待しているか」に尽きると思います。
キャリアチェンジや現地就職を目指すなら、なるべく若く、なるべくトップスクールに行く方が成功確率は上がります。一方で、社費生としてグローバルなマネジメントを学ぶ、経歴に箔をつける、といった目的であれば、むしろある程度業界経験を積んでから行った方が吸収できることが多いと感じます。ちなみに、年齢で浮くようなことはMBAではまず起こりません。
ただし一つ頭に入れておくべきなのは、MBAの2年間は、日本でのライフステージが止まるということです。これまで仲の良かった友人や家族とは物理的な距離が生まれ、帰国後は浦島太郎状態になります。結婚や育児といったライフイベントについても、家族帯同で行くか単身で行くかの選択を迫られます。私の知り合いには、小さな子どもと配偶者を日本に残し、単身で渡米した方もいました。本人は、子どもが一番成長する時期にそばで見守れないことを、とても悔しそうに話していました。
Q4. キャリアチェンジは本当に実現できるのか?
結論から言うと、結構難しいです。
キャリアチェンジを目指す場合、現地就職の優先度は下げて、日本でのキャリアチェンジに優先的に動く必要があります。MBAを挟む大きな理由として「キャリアチェンジ」と「現地就職」が挙げられることが多いですが、この二つを同時に追い求めるのはかなり難易度が高いです。これは日本人に限った話ではありません。
また、キャリアチェンジを狙うなら、MBA生活の相当な部分を就職活動に捧げる覚悟も必要になります。授業や旅行、ネットワーキングを楽しみながら片手間で、というわけにはいきません。
Q5. MBAのネットワーキングって本当に価値があるの?
これはかなり大事だと感じています。
アメリカの労働市場で見れば、私は「聞いたことのない日本の会社で働いていた、非英語ネイティブの30歳」という人材にすぎません。そんな中で、MBAという看板があることで、ようやく話を聞いてもらえる土俵に乗れます。
入学時点ですでに米国内にネットワークを持っている方はまれだと思います。MBAに入ることで、アルムナイネットワークに参加する「チケット」を手に入れられる——これは想像以上に大きいです。
Q6. 授業やケーススタディは実務でどれくらい役立つの?
正直、これは答えるのが難しい質問です。
FinanceやManagementといった科目は、日本の商学部・経済学部の内容とオーバーラップすることが多く、既知の内容も少なくありませんでした。「MBAに行けば全く新しい知識体系が手に入る」という期待をしすぎると、拍子抜けする部分もあるかもしれません。一方、AI関連の授業やAIの活用を前提とした授業スタイルは、自身の学部生時代が約10年前でAIの存在は身近でなかったことから、新鮮でしたし、学びは多かったように感じます。
Q7. 家族(配偶者・子ども)を連れて行くべきか、単身で行くべきか?
メリット
海外生活をパートナーや子どもと一緒に経験できます。子どもがいるからこそ誘われる場所やイベントもあり、そうした経験ができるのは大きいです。また、MBAの全体的な年齢層は日本人の平均より若くなりがちですが、29歳でMBAに行った身としては、正直クラスメートの色恋沙汰のような話題にはついていけません(もうそういうのに付き合うのがしんどい年齢でした)。家族がいることで、いい意味でそうした話から距離を取れたのはよかったです。
デメリット
平日夜や休日のソーシャルイベントへの出席には制限がかかります。出費も増えます(車、子どもの生活用品など)。配慮すべきことも格段に多くなります。
よく聞く話ですが、家族帯同はビザの関係で、パートナーのキャリアを一時中断してもらうケースがほとんどです。その申し訳なさは常につきまといます。パートナー自身も、外国での暮らしや他言語でのコミュニケーションに慣れていく必要があり、メンタル面での負担は小さくありません。また、ROIの話に戻ると、仮に夫婦で東京でフルタイム共働きをしていた場合と比較すると、MBAに来ることの金銭的なROIはより一層厳しい数字になります。
Q8. MBA卒業後、日本に戻るべきか、現地に残るべきか?
これは本人(そして家族)の思い次第だと思います。
MBAには「現地就職のエントリーチケットを獲得する」という側面もあるので、現地就職を目指すこと自体は理にかなった選択肢です。ただし、日本人に限らずインターナショナル生全体を見ても、現地就職の実現難易度は想像より高いです。特に近年はビザの厳格化もあり、多くの企業がインターナショナル生の採用に消極的な印象を受けます。
実際、クラスメートを見ても、卒業時点で現地採用の内定を得ているのはごく少数です。希望通りの職種・企業に内定をもらえた人数となると、さらに限られてきます。MBA=現地就職の権利ではなく、あくまで「エントリーするためのチケット」を手に入れるにすぎません。その先で競争に勝たなければ、就職は達成できないというのが現実です。
Q9. もう一度選べるとしても、MBAに行きますか?
はい、間違いなく行きます。
ここまで率直に書いてきたつもりですが、MBA生活は間違いなく刺激的でした。もし行かなければ、今の生活も価値観も持てなかったと思います。2年前、日本にいた頃は、5年先の自分のキャリアがなんとなく予想できていました。今は、5年先に自分がどんなキャリアを築いているか、良くも悪くも全く見えません。
その「見えなさ」こそが、MBAに行って得られた一番大きなものかもしれません。
これから米国MBAを検討している方の、判断材料の一つになれば幸いです。


コメント