現在、MBAのカリキュラムの一環として、選択科目のひとつに「PropTech」に関する授業を履修しています。PropTechという言葉自体の定義はやや曖昧で複雑ですが、この授業では「不動産・建築業界における新しい変革全般」を広義に捉え、さまざまな事例を通じてその潮流を学ぶ構成になっています。
先日の授業では、「モジュラー建築(Modular Construction)」という建築手法と、それを事業の柱として掲げていたベンチャー企業「Katerra」を取り上げ、同社が目指した革新的なビジネスモデルやその挫折について学びました。
非常に興味深いテーマだったこともあり、本記事では、モジュラー建築の概要を整理するとともに、Katerraの実例を通じて建築業界における技術革新の可能性と、今なお残されている課題について考察してみたいと思います。
モジュラー建築とは
建築業界におけるイノベーションとして近年注目を集めているのが「モジュラー建築(Modular Construction)」です。
これは、建物の部材(モジュール)を工場であらかじめ製造し、現場ではそれらを組み立てるだけで建物を完成させる建設方式を指します。住宅、ホテル、病院、学校、さらには集合住宅に至るまで、さまざまな用途で導入が進んでいます。
伝統的な建設とは異なり、モジュールの製作と現場の基礎工事を同時並行で進められるため、トータルの工期が大幅に短縮できるのが最大の特徴です。また、工場での生産は気候の影響を受けず、品質の均一化や廃材の削減にもつながります。これはESGやサステナビリティが重要視される現代において、非常に魅力的なポイントです。
こうした効率性の高さから、コスト削減効果や人手不足への対応策としてもモジュラー建築は有望視されています。実際、災害時の仮設住宅や教育施設など、「早さ」が求められる建設シーンではすでに実用化が進んでいます。
伝統的な建築との比較
では、モジュラー建築はどのように従来の建築方式と異なるのでしょうか。以下のような点で大きな違いがあります。

こうした違いから、モジュラー建築は「スピード」「効率性」「持続可能性」を重視する場面で特に効果を発揮します。一方で、現場ごとの柔軟な設計対応や、豪華で自由な意匠設計を求めるようなプロジェクトでは、依然として従来の建築方式が有利な場合もあります。
主なメリット
1. 工期の短縮
モジュラー建築最大の魅力は、従来の建築方式に比べて圧倒的に工期を短縮できる点です。これまでの建築・開発プロジェクトでは、時間が大きなリスクとなってきました。特に、デベロッパーや個人の建築主にとって、完成までに時間がかかればかかるほど、外部環境の変化に翻弄される可能性が高まります。
たとえば、物流施設のように比較的シンプルな建物でも、一から開発しようとすると通常1年ほどの期間を要します。土地の条件によっては、環境アセスメントの実施や地域住民への説明会開催なども必要となり、それ以上に時間がかかることも少なくありません。
この“工事期間中”は、賃料収入が発生せず、開発コストだけを負担し続けるリスクの高い期間です。その間に以下のような事態が発生する可能性があります:
- 賃料相場の下落
- キャップレートの変動による出口戦略の崩壊
- 建築コストの急騰や施工業者からの値上げ要請
- インフラ計画変更による土地の価値低下
しかし、モジュラー建築であれば、現場作業を最小限に抑え、工場での生産と現地での設置を並行して行うことで、全体のスケジュールを大幅に短縮できます。これは、リスク低減にとどまらず、投資回収までのスピードを加速させるという点でも大きなメリットです。
2. 建設コストの低減(理論上)
モジュラー建築は、工場での標準化・大量生産によって、建設コストの最適化が期待できる手法です。従来の現場施工では、人件費や天候の影響、材料の無駄がコスト増の要因となってきました。
一方、モジュラー建築では以下のような効率性が実現できます:
- 工場内での安定した生産により天候リスクが排除
- ライン生産による材料ロスの削減と作業効率の向上
- 現場作業が短縮されることで、現場管理コストや安全対策の負担軽減
とくに都市部など、建築制約の多いエリアでは、現場作業の削減は大きなアドバンテージとなります。
3. 品質の均一化
モジュラー建築は工場での規格化生産によって、品質が一定水準で保たれるという利点があります。温度や湿度が管理された工場環境では、現場施工に比べてミスやばらつきが少なく、施工精度の高さを実現できます。
また、同じ仕様の建物を大量に建てるようなプロジェクトでは、スケールメリットによりコストと品質の両面で優位性を発揮します。たとえば、以下の用途で特に適しています:
- ホテルチェーン
- 学生寮
- 医療施設
- 集合住宅
さらに、工場生産により高所作業や悪天候下での作業が減ることで、労働者の安全性向上にも寄与します。
ただし、品質の均一性は裏を返せば「個性のなさ」にもつながります。マイホームを建てる場合など、デザインや素材に強いこだわりを持つ人々には、画一的なモジュール設計が魅力を感じづらいという側面もあるでしょう。
このように、モジュラー建築は、スピード、コスト、品質の三拍子が揃った建築手法であり、特に合理性が求められるプロジェクトではその真価を発揮します。一方で、全ての用途に万能というわけではなく、プロジェクトの性質に応じた導入判断が求められます。
近年モジュラー建築が注目される背景
近年、モジュラー建築への関心が高まっている背景には、いくつかの社会的・経済的要因があります。
土地価格や建築コストの高騰による開発費用の増加、深刻化する建設人材の不足、さらには気候変動によって引き起こされる工期の長期化リスクなどが挙げられます。
また、サステナビリティへの社会的関心が高まっていることや、低所得者向け住宅開発に対する政府の補助金制度の充実も、モジュラー開発の優位性を後押ししています。
こうした複合的な背景のもと、効率的かつ柔軟な供給が可能なモジュラー建築の技術は、今まさに大きな注目を集め始めているのです。
Katerraに学ぶ:モジュラー建築の理想と現実
MBAの授業では、モジュラー建築を語るうえで避けて通れない存在として、Katerra(カテラ)のケーススタディを扱いました。建設業界の非効率をテクノロジーで変革しようと挑んだスタートアップKaterra。その急成長と劇的な破綻のプロセスからは、モジュラー建築の可能性と限界の両方が見えてきます。
設立の背景と急成長
Katerraは2015年、シリコンバレーで誕生しました。創業者たちはテック業界出身で、建設業界の構造に大きな課題意識を持っていました。彼らは、「建設業は前近代的で、ITや製造業の手法を導入すれば大きな効率化が可能だ」と主張し、注目を集めます。
特に建設業は、GDPの10%以上を占める一大産業であるにもかかわらず、長年にわたり生産性の向上が他産業に比べて極端に遅れていました。Katerraはその構造を打ち破るべく、テクノロジーと垂直統合を武器に急成長を遂げます。
- ソフトバンク・ビジョンファンドなどから総額20億ドル超の資金調達に成功
- 社員数はピーク時8,000人以上、自社工場や設計部門を世界各地に展開
「設計から施工まで」を一気通貫する統合型モデル
Katerraが掲げた最大の特徴は、建設プロセスの完全内製化=垂直統合モデルです。
従来の建設業界では、設計事務所・ゼネコン・資材メーカー・サブコンなど、複数の業者が分業するのが一般的です。しかしKaterraは、以下のように建築のすべての工程を自社で担おうとしました。
- 設計の内製化:自社に建築デザインチームを抱える
- 施工の内製化:現場の管理・施工も自社で実施
- 製造の内製化:自社工場で木材部材や壁パネルを事前生産(モジュール化)
- 資材調達の統合管理:サプライチェーン全体を自社でコントロール
これにより、建設業界の「品質のばらつき」「工程の非効率」「コスト高」などの課題を根本から解決しようとしたのです。
なぜKaterraは失敗したのか?
壮大なビジョンを掲げたKaterraでしたが、2021年に破産を申請し、事業は事実上終了しました。華々しいスタートとは対照的に、その終焉は多くの課題を浮き彫りにしました。
1. オペレーションの複雑性
設計から施工・製造・調達までを一社で完結させようとした結果、社内のオペレーションがあまりにも複雑化。IT企業のようなスピード感を持ち込もうとする一方で、建設現場の慣習や物理的制約に適応しきれない部門も多く、統制が取れなくなっていきました。
2. 現場とのギャップ
建設現場には、地域ごとに異なる法規制・気候・文化的慣習があります。モジュラー建築の「一律供給モデル」は、こうしたローカルな違いに柔軟に対応することが難しく、現場でのトラブルや顧客ニーズとのズレが頻発しました。
3. 需要と供給のミスマッチ
Katerraは大量生産を前提としたモデルを構築し、自社で大規模な工場を持っていました。しかし、需要予測の誤りやプロジェクトのキャンセルが相次いだことで、工場の稼働率が低迷。設備投資や人件費が重くのしかかり、資金繰りが悪化していきました。
モジュラー建築の難しさ
モジュラー建築には多くの可能性がありますが、その一方で、実際のビジネスとしてスケールさせていく上での難しさも多く存在します。ここでは、Katerraのケースや自身の考察を踏まえながら、主な課題を整理します。
1. 現場ごとの地理的・法的要件への対応
モジュールを工場で画一的に製造し、現場で迅速に組み立てる——理想的なプロセスに聞こえますが、実際の不動産開発はそう単純ではありません。
開発地ごとに、地質条件、周辺環境、行政規制などが異なり、プロジェクトごとに個別の対応が求められます。モジュラー建築の効率性を活かしながら、こうしたローカルの要件に対応するには高い柔軟性が必要です。そのバランスを取ることは、特にスケールを目指す企業にとっては大きな壁となります。
2. 工場と施工現場の連携に伴うコストと複雑性
一般的にスタートアップは、機能を絞って特定領域に集中することで競争優位を築きます。しかしモジュラー建築はその逆です。材料調達、在庫管理、工場運営、物流、現場組み立て、デザイン、設計と、必要な機能・ケイパビリティは極めて多岐に渡ります。
物流面だけを見ても、製造拠点から現場への輸送にかかるコストや工程管理は非常に複雑です。ホリエモンが「ノンアセット型のビジネスが起業に向いている」と述べていましたが、モジュラー建築はまさにその真逆。初期投資も重く、調整すべき変数も多く、ベンチャー企業にとっては特に難易度が高い領域だと感じます。
3. レギュレーションという見えない壁
建築においては、安全性を担保するための各種規制をクリアする必要があります。国や地域によって基準は異なり、たとえばアメリカでは「最終的な品質」だけでなく、「建築プロセスそのもの」も審査の対象になることがあります。
モジュール型の新しい建築プロセスは、従来の基準に適合しづらく、行政側からの認可が下りにくいという課題があります。こうした保守的な認証制度は、技術革新の普及スピードにブレーキをかける大きな要因となっているのです。
4. アセットヘビーなビジネスモデル
モジュラー建築は、資本集約型(アセットヘビー)なモデルである点も大きな制約です。
- 自社工場や物流倉庫の取得・運営
- 重機や輸送ネットワークの整備
- 大量生産を前提としたスケール維持のための高稼働体制
これらはすべて高額な初期投資を必要とし、その費用を回収するためには24時間体制に近い工場稼働を継続する必要があります。
しかし、不動産開発は景気に大きく左右される業界であり、不況時には一気にプロジェクトが停止するリスクがあります。スタートアップがこうしたリスクに耐えうる安定的な案件パイプラインを長期的に確保することは難しく、ビジネスモデルとしての持続可能性に疑問が残ります。
モジュラー建築の今後
モジュラー建築には、いまだ大きな可能性が残されていると感じています。特に日本市場に目を向けると、そのニーズは今後さらに高まっていくでしょう。
たとえば、災害時の復興住宅としての活用。あるいは、気候変動の影響によって梅雨や台風シーズンが長期化し、建築に適した季節が限られてくる中で、短期間で高品質な施工が可能なモジュラー建築の優位性は今後ますます際立つと考えられます。
日本ではすでに、災害時にプレハブ型の仮設住宅が使用されてきましたが、モジュラー建築はそれ以上の居住快適性やデザイン性を備えており、住宅だけでなく、オフィス・商業施設・教育施設など多用途に応用できる柔軟性を持っている点も魅力です。まさに、プレハブの進化形として次世代の建築手法といえるでしょう。
成功の鍵は「技術」ではなく「スケール戦略と連携体制」
ただし、モジュラー建築の普及・商業的成功において、決定的に重要なのは技術力そのものではなく、以下のようなビジネス面の戦略だと考えています。
- 安定的な案件供給を実現するスケール戦略
- 大手プレイヤーとのパートナーシップ構築
- 適したエリア・用途への市場選定
実際に、明確なビジョンを掲げ、先進技術や戦略的買収によって急成長を遂げたKaterraでさえ、この複雑なビジネスモデルの構築と運営には大きな困難を抱えました。
とくに重要なのが、「工場の稼働率をいかに高く保つか」という点です。モジュラー建築は製造業的な側面を持つため、稼働率の低下がそのままビジネスの収益性に直結します。したがって、安定したプロジェクトパイプラインを確保できる体制づくりが不可欠です。
この観点からも、ゼロから立ち上げるスタートアップ形態ではなく、大手デベロッパーや建設会社が社内ベンチャーや新規事業部として取り組むほうが、初期の信用獲得や案件の確保という面でも実現可能性が高いといえるのではないでしょうか。
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